東京証券取引所のパブリック・コメントへ回答しました。(JSIF分科会)

東京証券取引所が意見を募集していた「フォローアップ会議の提言を踏まえたコーポレートガバナンス・コードの一部改訂に係る上場制度の見直しについて(市場区分の再編に係る第三次制度改正事項)」へ、JSIF分科会で意見をまとめ、以下の回答しました。

パブリック・コメント | 日本取引所グループ
日本取引所グループは、東京証券取引所、大阪取引所、東京商品取引所等を運営する取引所グループです。

はじめに

日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)は、日本におけるサステナブル投資の健全な発展を促進して、持続可能な社会の構築に責任を果たす企業、団体、組織、プロジェクトに健全な資金の流れを向けていく社会システムの確立に寄与することを目的とし、サステナブル投資に関する情報提供及び提言・教育啓発活動を事業としております。具体的には、年次のサステナブル投資残高調査をはじめ、他団体との協働でサステナブル金融教育活動、運用会社へのサーベイなど様々な活動を展開してまいりました。

近年ではサステナブル投資残高が急増してきたものの、さらなる市場の拡大と、その健全な発展の必要性が高まってきております。活動の1つである「分科会1:パブリック・スチュワードシップ」では金融機関向けの規制・指針におけるサステナビリティの位置づけ強化のためにエンゲージメントを行うことで、インベストメント・チェーンの各プレイヤーの活動を改善するきっかけとなるように目指していきます。

今回はコーポレートガバナンス・コード改訂案を中心にコメントいたしますが、同時に改訂される「投資と企業の対話ガイドライン」も含めて機関投資家の行動に影響を与えるべく、今回の意見募集に回答できる機会があることに感謝しております。

コーポレートガバナンス・コード改訂案:サステナビリティに関する言及が拡大

コーポレートガバナンス・コードはその名の通り、ESGにおけるGについて全般的に言及しているため、本回答では特にESGのESをサステナビリティと呼び、言及いたします。

今回の改訂案で主にサステナビリティに関する箇所を列挙すると以下の通りとなります。

  • 基本原則2 考え方:「持続可能な開発目標」(SDGs)が国連サミットで採択され、気候変動財務情報開示タスクフォース(TCFD)への賛同機関数が増加するなど、中長期的な企業価値の向上に向け、サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)が重要な経営課題であるとの意識が高まっている。こうした中、我が国企業においては、サステナビリティ課題へ積極的・能動的な対応を一層進めていくことが重要である。
  • 補充原則2-3①:取締役会は、気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との構成・適正な取引、自然災害への危機管理など、サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである。
  • 補充原則2-4①:上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべきである。また、中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性に鑑み、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針をその実施状況と合わせて開示すべきである。
  • 補充原則3-1③:上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。特にプライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要案データの収集と分析を行い、国際的な確率された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。
  • 補充原則4-2②:取締役会は、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである。また、人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。
  • 補充原則4-10①:上場会社が監査役設置会社または監査等委員会設置会社であって、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、経営幹部・取締役の指名(後継者計画を含む)・報酬などに係る取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するため、取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする独立した指名委員会・報酬委員会を設置することにより指名や報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり、ジェンダー等の多様性やスキルの観点を含め、これらの委員会の適切な関与・助言を得るべきである。特に、プライム市場上場会社は、各委員会の構成員の過半数を独立社外取締役とすることを基本とし、その委員会構成の独立性に関する考え方・権限・役割等を開示すべきである。

サステナビリティ:対応は経営の根幹であるため、一貫性のある活動が必要

上記のサステナビリティ関連の言及の拡大をJSIFは歓迎いたします。ただし、その取扱いについては原則によりスタンスが異なるため、その一貫性確保を進める必要があると考えております。

企業がまず起こすべき行動は補充原則2-3①の通り課題の把握です。次に把握した課題への対処を行う必要があるものの、それには補充原則2-4①の通り方針を策定し、具体策を実行に移す必要があります。その際には補充原則4-2②の通り、方針、具体策実行、その状況に関する監督を取締役会が行うとともに、それに足る人材を獲得・維持するため補充原則4-10①の通り取締役会を支える体制も整えることが重要です。最後に方針に沿って行った具体策の実効性を情報開示しなければなりません。これは補充原則3-1③に示している通りであるものの、プライム市場上場会社向けに、気候変動について詳述しています。

各補充原則で強調している通り、サステナビリティ課題は経営の根幹であることは言うまでもありません。そのため、企業内の各部門がバラバラに取り組むのではなく、取締役会の監督のもと、経営陣が課題把握、方針策定、具体策実行、情報開示を主導的に行わなければなりません。そのためにはサステナビリティ課題毎に対処方法を変えるのではなく、課題把握、方針策定、具体策実行、情報開示のプロセスを一貫して行うことが肝要です。

情報開示:TCFD提言のフレームワークを基に、他のサステナビリティ課題についても開示が必須

上記の一貫性ある活動を支えるのは情報開示のフレームワークです。報告事項を規定することで、活動の要件を企業に周知することが可能となります。またフレームワークの実効性を担保するには同フレームワークが投資家にとって馴染みがあることも重要です。既に補充原則3-1③でTCFD提言について言及していますが、このフレームワークは開示情報の具体性、投資家による認知の両面において実効的と言えます。TCFD提言は以下の4分野について、情報開示を求めています。

  • ガバナンス:取締役会による監視体制、リスク・機会の評価・管理における経営の役割
  • 戦略:短期・中期・長期のリスクと機会、事業・戦略・財務計画への影響、シナリオ分析
  • リスク管理:リスク評価プロセス、リスク管理プロセス、統合リスク管理
  • 指標と目標:指標、関連リスク、目標・実績

小項目については気候変動特有のものが含まれているものの、4つの大分野についてはサステナビリティ課題に関わらず適用可能と考えます。企業が重要と考えるサステナビリティ課題について、TCFD提言と同様のフレームワークで情報開示を求めることは企業の効率的な対応にも有用と言えます。

昨年のダボス会議では国際ビジネス評議会(IBC: International Business Council)の推奨開示項目を公表したことをきっかけに、既存のサステナビリティ情報開示基準が乱立から収束へと方向転換したと言えます。実際、IBCの推奨開示項目の最終版作成に既存の開示基準設定団体5団体が協力を申し出たり、2020年11月に国際統合報告評議会(IIRC: International Integrated Reporting Council)とサステナビリティ会計基準審議会(SASB: Sustainability Accounting Standard Board)が2021年中に統合し、Value Reporting Foundationを設立する予定となったりしています。この背景にあるのは企業の開示疲れであり、新たに開示基準を作成するよりも既存の優れた開示フレームワークを一部だけでなく、サステナビリティ課題全体に適用することが重要と考えています。

結論:開示情報拡充をきっかけとした日本企業によるサステナビリティ活動の充実こそコーポレートガバナンス・コードの役割

上記のように一貫性ある情報開示を推進することにより、企業による対応の効率化、投資家への有用な情報開示、及び国際的なサステナビリティ情報開示基準の収束への貢献が可能となります。その起点をコーポレートガバナンス・コードとすることにより、グローバルにおける日本の存在感をアピールできるものと考えます。

また、次の点について今後のフォローアップ会議等で議論して、今後の改訂に繋げていただきたいと考えます。

取締役会議長の役割

取締役会議長の役割については、「コーポレートガバナンス・コード」では改訂案も含めて全く触れられておらず、「取締役会議長」の言葉が一言も見つかりません。「投資家と企業の対話ガイドライン」(改訂案)3一8で一度触れられていますが、「必要に応じて独立社外取締役を取締役会議長に選任することなども含め、‥」とあるのみで、議長の役割については記述がありません。

これは、英国のコーポレートガバナンス・コード(The UK Corporate Governance Code July 2018)と比較した場合に顕著です。同コードではChairと言う言葉が29カ所あります。そのうちの28は取締役会議長、1は委員会の議長であり(数え方に微妙なところはありますが)、主に取締役会議長の果たすべき役割について記述しています。

日本のコードでは、議長と最高経営責任者の兼任が望ましくないことにも触れられていません。またいわゆる会長(その多くが代表取締役である)と取締役会議長の役割が混同されている場合が多くあるように思われます。独立社外取締役についてもその役割の記述が明確でありません。すなわち、監督の立場と執行の立場が明確に分かれておらず、実際には役割を兼任している部分があると思われます。

これらの点を考えると、英国などとは異なり、取締役会における会長、取締役、独立社外取締役、監査役などの各役割・責務が明確にできていないと考えられます。

日本の会社の歴史的な発展や制度を考慮する必要はありますが、言葉上では英国のコーポレートガバナンス・コードなどと同一に見える結果として、海外の投資家が日本のガバナンスが遅れていると考える要因の一つになっているのではないかと考えます。あるいは、海外の投資家の中には、言葉は同じでも中身がかなり異なっていることを議論していることに気づいていない投資家も多いように思われます。

今後こうした点を解消しないと、日本のガバナンスが一見遅れているように見られている点が将来にわたり解消しないのではないかと思われます。アングロサクソン系と同じであるべきであると言うつもりはありませんが、Comply or Explainの立場に立ち、日本での取締役会の捉え方とその構成メンバーの役割が、英国などとは必ずしも一致していないこと、また日本の方が優れていると考える場合には、その違いについて、またなぜ日本においては望ましいのか、十分に説明すべきだと考えます。今後の有識者会議で是非とも議論していただきたいと考える次第です。

荒井 勝 
日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)会長

黒田 一賢 
日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)理事、分科会統括リーダー

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