早稲田大学大学院の講座「ESGを取り巻く環境とステークホルダーの連関性の探求」#4

第5回目の講義(2022年5月7日)は、「企業と投資家のエンゲージメント」と題して、アストナリング・アドバイザー代表の三瓶裕喜氏よりご講義頂きました。

「エンゲージメント」というと日本語では「対話」と訳されることが多いですが、企業と投資家のエンゲージメントには企業の立場、投資家の立場で各々の課題があり、それを踏まえて対話を行い、理解・共感しあい、合意・解決・握手をするというような深い意味合いがあります。その源流として、スチュワード(Steward)とは、他人の財産を取り扱う受託者を意味し、シップ(-ship)とはその技量を意味するという考え方があります。企業経営者と資産運用会社は、双方とも受託者(スチュワード)であることによって、互いにエンゲージメントを行う意義があるとするもので、日本でも、投資家へのスチュワードシップ・コードと、企業へのコーポレートガバナンス・コードの両方で、受託者責任を求める環境になってきたと言えます。

そうしたエンゲージメントの考え方として参考になるのが、経済産業省の価値協創ガイダンスです。企業と投資家の間の共通言語となるよう解説し、各項目を関連づけ統合的思考が一覧できるように表もつけています。また、企業がESGに取り組む上で重要なことは本業を通じて行うことで、投資家はこれらの持続可能性や戦略を見ています。

企業とのエンゲージメントの事例としていくつかお話します。ある企業から情報開示のあり方について相談を受けました。同企業はマテリアリティを特定し各事業をSDGsに紐づけるところまでは行ったものの、どうもしっくりといかないようでした。見てみると、SDGs項目と事業が複雑な線で紐づけされていて、一目見て混乱されている様子がよく分かりました。私のようなアクティブ投資家にとっては、全体が万遍なく開示されていても分かりにくく、重要なテーマはせいぜい6つぐらいに絞ってもらわないと逆に混乱するというお話をしました。求められるものは投資家のタイプによっても異なるため、例えばパッシブの運用者からみれば万遍なく開示されていた方がよいという見方もあるかもしれません。どの投資家を対象としているのかを踏まえ、優先順位をつけながら開示を考えるべきだというアドバイスをしました。

また、開示は良くないが、潜在力がある企業であれば、社長とのエンゲージメントを通じて、何が分かりにくいのかをお伝えします。例えば、そうした企業の社長でなかなか面談してくれなかった企業があったのですが、何度もお願いしてようやくお会いすることができ、開示の課題を丁寧にお話しました。すると、しばらくして、統合報告書が初めて作成され、株式市場にコミットするような中期経営計画が開示されたり、CO₂排出量の削減計画が盛り込まれたり、ESGデータブックの開示が行われるなど、大きく改善されたという事例もあります。このように企業の社長と会うことでお互い気付きを得るケースは多々あると思います。

また、最近は環境に関するエンゲージメントも増えています。いま今はブラウンな事業が大きく、経営の方向性に迷いのある経営者には、中長期的に考えるようにアドバイスします。長期的にみればブラウンな事業が衰退し、グリーンな事業が大きく拡大すると見込まれる中で、どちらに投資しますかと投げかけます。今や企業経営においてESGは無視できないものとなっており、企業の価値にも直結するため、エンゲージメントにおいても重要な議題になります。

なお、企業の情報開示や投資家の行動については、2008年の世界金融危機以降、変化してきたように思います。危機で金融機関が税金で救済されるということが起こり、そうした投資家に対して社会と向き合う要請が高まったことが背景にあります。近年は多くの団体から企業向け非財務情報の開示指針がでてきていましたが、IFRSのISSBで指針案に集約する形で国際的にも収れんする動きとなってきました。また、投資家向けの開示指針としては欧州でSFDRといった規則が出てきています。金融商品がラベル付けされることで、こちらの面でも一定の指針ができてきたと言え、企業と投資家が同じ方向を向きながらエンゲージメントを深める素地が整ってきているように思います。

投資家のESG評価については、以前はESG評価機関のデータを活用するケースが多かったですが、最近では各投資家が固有の投資哲学を反映するような独自の評価体系を導入してきています。そうした意味で企業からするとエンゲージメントの幅も広がってきているように思います。

最後に、最近開示で注目を浴びてきたのは「人」、人的資本の分野だと思います。「人」には2つの視点があり、まずは人権についての対応ということがあります。もう1つは、人的資本という考え方で、日本の企業はこれまで人材をコストと考えてきたふしが強いですが、

実は人材は「資本」と言えます。資本は、能力(知識・技能)であり、能力は使えば磨かれ、成長すると言えるからです。投資家としては、企業が「個」を重視し、一人一人の能力を磨き上げる投資が行われていて、それが企業理念を持って実践されているかを確認します。成長性や戦略の達成可否として企業価値に直結する問題だからです。投資家はこれらの取り組みを通じて企業の持続可能性や戦略を見ているわけで、今後のエンゲージメントにおいても重要な要素になっていくと思います。

※執筆担当:御代田有希、岡田敦(JSIF運営委員)

タイトルとURLをコピーしました