年金投資とESG投資は近い関係にあるのか

Q1. 制度の目的と人々の行動とがちぐはぐになることがあるとお考えのようですが。

リーマンショックが起きた原因のひとつとして、投資の短期化が問題とされています。昨年10月に東京で開かれた国連投資原則(UNPRI) のシンポジウムで米国の元副大統領アル・ゴアの講演を聞く機会がありましたが、アル・ゴアも投資の短期化、企業の四半期報告書の問題をとりあげていました。私自身は四半期報告書の制度が悪いとは考えていません。そうした制度ができることで投資家の行動が変化してしまったのが問題だと思っています。制度本来の目的を忘れて、四半期報告への対応に振り回されてしまった結果ではないかと考えています。

Q2. そのような制度の問題は他にもありますか?

制度や組織の本来の目的と、それを利用する人の行動が一致しないことはよく起こります。学校が予備校化するのもそうなのではないでしょうか。よい大学へ入るには、まずはよい幼稚園に入り、よい中学・高校に入る必要がある。こう考える人が増えることで幼稚園の予備校化が始まります。学校の本来の目的は受験競争に勝つ教育ではないはずです。ですが目先的な目標だけを考え、あるいは目的を一つだけに絞ってしまうことで、このような結論となってしまうのではないでしょうか。会社でも同様です。企業は、ものやサービスを社会に提供して、その価値が認められることで存続することができます。価値の高い商品やサービスを提供することが企業の第一の目的といえるでしょう。ですが、会社に入った個人にとっては、社内の競争でいかに勝ち抜くかが目先の目的となってしまったりします。また、所属部署の利益が優先となり部署間で対立することもあります。このように、組織本来の全体目標や長期目標と、部分的目標・短期目標とで方向性・ベクトルが一致しないことはよく起こるようです。

Q3. 制度や組織の本来の目的をはっきりさせることが重要なのですね。

そう考えています。投資でも同様です。投資が果たす役割は高いリターンを得ることと考えられがちですが、投資の役割はひとつではなく、その他にもあることを考えることが重要です。この点は、投資対象となる企業の観点から考えると理解しやすいように思えます。

企業は日々の資金繰りが必要となります。これは短期的に必要な資金であり、自己資金や銀行からの借り入れでまかないます。一方で、企業が生き残るには将来を見据えて業務の拡大や新たな業務分野への参入、設備投資を行うことが必要となります。こうした取り組みで必要となる資金の調達は、金融の中では「コーポレート・ファイナンス」といわれる分野です。中長期の資金調達にかかわるものであり、その分析に使われる代表的な数値が、ディスカウントキャッシュフロー(DCF)や正味現在価値(NPV)、内部収益率(IRR)などで、事業投資と資金調達の意思決定の分析に必要な数値です。企業が株式で資金調達をするのは、中・長期の企業戦略に必要となる資金を調達して、結果として企業価値を上げるのが目的といえます。投資家が株式投資することで、資金の出し手として企業の中・長期の戦略を手助けする役割を果たしているわけです。社会においてこのような役割を担っていると言えます。

Q4. 投資でもリターンだけに焦点が当たりすぎであり、もっと本来の意義や役割について考える必要がありそうですね。

投資家と呼ばれる人達の多くはそうした投資の意義についてあまり考えていないように思えます。投資目的はリターンをあげることだけ、と思い込んでいるのではないでしょうか。確かにトレーダーといわれる人達は、日々の売買で収益を上げるのが仕事ですから、そうでしょう。しかし年金基金の投資は資産価格の日々の変動からリターンを得ることではありません。中長期の投資で年金資金を確保するのが目的だからです。投資家によって投資目的や投資手法が異なるはずです。

Q5. 中長期投資で重要なことは何なのでしょうか?

投資判断については財務情報が企業分析の基礎となります。それは重要ではありますが、過去の結果であり、また一時点の分析でしかありません。このため中長期的な将来の企業価値判断にはあまり役立ちません。将来生じそうな変化について考慮することにはつながりません。

企業に起こりそうな変化を考えて企業の将来価値を考えるには、つぎの点を検討する必要があります。企業が将来に向けてどのような取り組みをしているのか、企業が変化に対応できる体制を整えているのか、体制を変化させる方針や取り組みがあるかどうか、必要な人材がそろっているか、新商品・サービスの市場に成長性があるかなどです。

こうした企業の将来に向けての取り組みを判断するには、決算情報では不十分です。企業のビジネスモデルやマネジメントシステムにかかわる問題だからです。この違いは、会計に関わる「アカウンティング」と、将来の財務に関わる「ファイナンス」の違い、と考えると理解しやすいかもしれません。あるいは非財務情報であり、会計の分野ではなく、経営論に関わる問題であり、あるいは企業の将来価値の評価に関する問題である、とも言えます。

こうした企業の将来価値を考える場合には、企業を現代の社会がどう見ているかという視点が非常に重要となります。扱う商品やサービスが消費者や社会から高く評価され、期待に応えることで、企業が持続・発展できるからです。責任投資とは、こうした視点の投資です。また2005年頃よりESG投資という言葉が一般化しましたが、これは現在の企業にとっての最重要な課題が、環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)にあるとの考えであり、投資に際してそうした点も評価しようとするものです。企業の非財務情報の中でもESGが最重要の課題と考えている、とも言えます。

このような長期投資とESG投資との関係を考えると、ESG投資と年金投資も非常に近い関係にあると考えられます。

Q4. 年金投資とESG投資とでは共通点があるのですか?

どちらも中長期投資を目指すという共通点があることが重要です。中長期投資をどのように行うかを考えるとたどり着くのが、ESG情報を考慮した投資になる、とも言えるからです。

年金基金の投資は中長期のリターンを目標とするものですから、短期的な株価の変化ではなく、企業の将来価値と株価の変化を判断して投資するのが適切と考えられます。このように考えれば、ESG情報を考慮して投資することが年金投資にとっても重要であると理解することはそれほど難しくないように思えます。

年金基金や年金評価会社に関わっている人達の多くが、責任投資・ESG投資に理解を示していないのというのが日本の現状ですが、その理由は投資のリターンだけに注意を集中させているためではないかと思えてなりません。リターンをあげることはもちろん重要です。ですが年金運用の本来の目的は、年金加入者に支払われる将来の資金を確保することです。その目的を真剣に考えると、年金の運用はどうあるべきか再考する時期を迎えているように思えます。その際に検討すべき課題のひとつとして、長期投資とESG投資の関係を考えることがあるように思います。

荒井勝

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